巧みなイン捌きで多くのタイトルを獲得した北原友次選手。
現在はすでに引退されているものの、その通算勝利数は驚異の3,400回超え!
今もなお競艇史に名を残すレジェンド選手です。
北原友次選手の基本データ
登録番号:1481
生年月日:1940年5月2日
身長:158cm
体重:51kg(現役時)
血液型:A型
支部:岡山
出身地:岡山県
登録期:5期
級別:A1
北原友次選手の来歴
デビュー直後からトップレーサーの片鱗を見せており、1964年には平和島競艇場で開催された第11回全日本選手権で勝利。
また、1978年には総理大臣杯を制覇するなど、全国級のタイトルでいくつもの勝利を収めています。
2005年に引退を表明し、ボートレーサー人生に幕を下ろしたものの、それまでに積み上げた通算勝利数は3,417回。さらに46回も優勝経験をしており、そのうち39回はG1競走でのものです。
通算勝率は6.74とかなり高く、競艇史においても類を見ない成績を残しています。
引退から15年経った現在においても、未だトップレーサーとして名を馳せる人物です。
引退した2年後の2007年にはボートレースの殿堂入りを果たしています。
特徴
北原選手の最大の特徴は、イン捌きにあります。
どのような状況からでも一瞬の隙を見てインに進入する勝負師で、「今回はどのようにしてインを奪取するのか」というワクワク感を与えてくれました。
エピソード
引退したとはいえ、その腕は一切衰えておらず、レース中には持ち前の鋭いイン捌きを見せてくれました。
結果は残念ながら2着だったものの、レース終了後、後輩レーサーからは「出たよ、意地汚い進入が」「現役のときからああだったぞ」と笑いながらいじられていたようです。
軽口を叩きながらも後輩レーサーたちは北原選手を敬っていることがわかるやり取りで、このことから北原選手の実力と人柄がうかがえます。
あだ名の理由
巧みなイン捌きで数々のタイトルを獲得してきた北原選手。
その芸術ともいえるワザに、多くの競艇ファンが魅了されたことでしょう。
そして付けられたあだ名が「インの申し子」。まさに北原選手を一言で表す、的確な愛称です。
北原友次選手の現在
北原選手の引退から15年、現在どのような活動をされているのかは明らかになっていません。
しかし、北原選手の打ち立てた偉業の数々はどれも塗り替えることが難しく、多くの後輩レーサーが大きな目標として目指していることでしょう。
そういった意味でも、引退後も競艇界に大きな影響を及ぼしているトップレーサーといえます。
まとめ
驚異的な通算勝利数で競艇界を賑わせた北原選手。
現在においても、日本の競艇史を語るうえで欠かすことのできないレジェンド選手の1人といえるでしょう。